会社統合を経て、3ブランド横断の人材育成を実施。「ピープルファースト」「ワンチーム」を柱とする人事戦略
PAIG Japan Automobile Investment合同会社 |
HRダイレクター
福井 茂貴 さん
2025.06.24
日本航空時代、「人」が変わることで「組織」が変わっていく──そんな変化を目の当たりにした原体験が、人事の道を志すきっかけとなった福井茂貴さん。
三菱マテリアルテクノ、ユニリーバ・ジャパンと、これまで多様な組織で人事労務やHRBP(HRビジネスパートナー)としての経験を積んできました。現在はAudi、Volkswagen、Porscheブランドの店舗運営を担うPAIG JapanのHRダイレクターとして、パーパス策定やブランド横断の人材育成、そして現場のウェルビーイングを支える人事施策に取り組んでいます。
戦略人事とは、仕組みや制度を整えることでは終わらない。組織を動かす原動力として人と人との「コミュニケーション」を重視する福井さんに、その思いと歩みを聞きました。
Profile

福井 茂貴
PAIG Japan Automobile Investment合同会社
HRダイレクター
日本航空、三菱マテリアルテクノ、ユニリーバ・ジャパンにて人事業務を経験。2019年にアウディジャパン販売に転身後、2023年からは親会社であるPAIG JapanのHRダイレクターに就任。Audiに加えVolkswagenやPorscheの店舗運営に関わる組織における組織開発、人材開発、エンゲージメント強化施策を牽引中。
日本航空の経営破綻、稲盛和夫氏の就任で「人」の力を感じ、人事を志す
福井さんのファーストキャリアは、日本航空だったのですね。

「私が就職活動を行っていた頃の日本航空といえば、学生から人気の大企業。働く場所としてもいい会社なんだろうな、と感じたのが入社のきっかけです。当時は総合職の中で事務系と客室系という2つの採用職種に分かれており、私は客室系総合職として入社しました。希望を出す際に『客室系のほうが、航空業界として幅広い仕事に関われそうだな』と思い、選びました。ここまで聞いてお気づきかもしれませんが、正直に言うと業種や職種に強い思い入れがあったというわけではなく、直感的な選択でした…」
実際に働いてみて、どうでしたか?

「素晴らしい先輩や同僚をはじめ、人に恵まれたことが大きかったです。ただ一方で、『この仕事は、本当に自分がやりたいことなのか?』と自問自答したときに、正直にイエスと答えられない自分がいました。自然に『心から情熱を注げる仕事とは何だろう?』と考えるようになっていきました。ちょうどそのタイミングで起こったのが、日本航空の経営破綻でした。社内の環境が劇的に変わる中で、自分はこれからどうなりたいのかを改めて見つめ直すことになりました。そうして決意したのが、人事への転身でした」
次のキャリアに人事を選んだ理由は何だったのでしょう?

「組織における『人』の力や影響の大きさを目の当たりにしたことが、人事の道を志すきっかけになりました。日本航空が経営破綻した当時、京セラ創業者の稲盛和夫氏が会長として就任し、会社全体に“フィロソフィー”を浸透させる意識改革が始まりました。現場で働く人たちの考え方や行動が少しずつ変わっていき、それによって会社の空気まで変わっていく。そんな変化を肌で感じた体験から『人』に関わる仕事に携わりたいという思いが芽生えたのです」
そこから、人事の仕事はどのようにスタートしたのですか?

「転職先の三菱マテリアルテクノでは、給与や賞与の計算、36協定の提出、採用業務の一部など、人事の実務を幅広く経験しました。自分にとっての人事の土台は、この環境で築かれたと思っています。そして、ちょうどその頃から注目され始めたのが、経営戦略の実現と人的マネジメントをひもづける“戦略人事”の考えや、HRBPというポジションでした。欧米では主流になりつつあるという記事も目にするようになって、『自分が人事として目指したい方向性は、こういう領域かもしれない』と、おぼろげながら感じるようになったのを覚えています」
念願のHRBPへの挑戦。「人事が変われば会社が変わる」という言葉が忘れられない
その後、ユニリーバに入社することになるのですね。

「はい。ユニリーバではすでにHRBPが活躍していると聞き、注目していた企業でした。何よりも入社の決め手になったのは、当時の人事部門で責任者を務めていた方の存在です。その方は、私が人事を志してから常に考えてきた『人の可能性をいかに広げるか』というテーマを、本当に大切にしている方です。面接で語られた言葉も忘れられません。『人事が変われば会社が変わる、会社が変われば社会が変わる、社会が変われば日本が変わる。日本が変われば世界が変わる』と。この人のもとで働いてみたいと、入社を決めました」
最初からHRBPとして入社したのですか?

「いえ、最初は中途採用のリクルーターとしての入社でした。ただ、いずれはHRBPをやりたいという希望は、入社当初から伝えていました。その後、ポジションに空きが出たタイミングの約2年後に、念願だったHRBPを担当できることになったのです」
人事の仕事は体系的に学ぶのが難しいうえ、とくにHRBPの業務は正解のない領域だと思います。どうやって経験を積んでいったのでしょうか?

「とにかく実践ありきで学んでいきました。私の場合は、書籍や座学で得られる知識よりも、周囲と関わる中で得た学びのほうが圧倒的に多かったですね。担当部門のリーダーたちと協働しながら、『組織にどんな課題があるのか』『解決に向けて、何に取り組むべきか』を一緒に考え、施策として形にしていく。また、周りから『こうしてみたら?』とアドバイスや提案をもらい、それらを取り入れることで、自分の幅も少しずつ広がっていったように思います。ユニリーバは、世界各国で事業を展開してきた中での知見を数多く蓄積しており、グローバルのHR体制が非常に強固でした。提供されるツールや考え方を、日本のビジネス環境に合わせてローカライズしながら実行していくプロセスからも、多くを学ばせてもらいました」
順調に人事としてのキャリアを広げていったんですね。

「順調に、かというと自分としてはその感覚はまったくありません。ユニリーバに入社して最初の半年は、正直とても苦しかったです。それまで約10年、日本の歴史ある企業に勤めた中で、上司の期待に応え、前例に沿って再現性のある施策を打つことが評価につながっていましたし、そうしたスタイルで仕事をこなすことに慣れていました。ところが、ユニリーバではそのやり方がまったく通用しない。上司の意向を聞こうとすると『どうやってやるかを考えるのは、あなたの仕事でしょう』と返されるんです。そこで初めて、自分の考えを持たないままでは、この職場ではやっていけないんだと思い知らされました。自分の欠点を突きつけられたように感じて、しんどかったですね」
その壁を、どうやって乗り越えたんですか…?

「乗り越えるというより、少しずつ環境に適応していったというのが近いかもしれません。自分の意見や思いをきちんと表現しようと試行錯誤するうちに、自然とそのスタンスが身についていったように思います。入社2年目以降は、自分の意志を持って動くことが尊重される文化は、むしろ自分に合っていると思えるようになりました」
いちから組織づくりをしたいと現PAIGへ。パーパス策定とブランド横断の人材育成に取り組む
ユニリーバを経て、どのような経緯で現職に至ったのでしょうか?

「ユニリーバではHRBPを担当しながら、チームメンバーのマネジメントもしていました。忙しくも日々充実していたので、とくに転職を考えていたわけではなかったんです。そんな中で、知人からアウディジャパン販売(当時)で人事を募集していると聞きました。『興味があれば話を聞いてみたら?』という軽い勧めから、カジュアルに会話をする機会を持ったのがきっかけです。実際に話を聞いて、真剣に転職を検討するようになりました」
入社を決めた理由は何だったのでしょう?

「これまでの経験を活かして、今度は自分の手でいちからチームづくりや組織づくりを実践できる環境だと感じたことです。これは大きなチャンスだと思いました。また、シンプルに車が好きだったのです。日本航空を退社するときに『自分が情熱を注げるものは何か』を模索した時期がありましたが、人事に加えて『車』もまた、自分が興味を持てる領域だと感じました」
入社後、最初にどんなことから取り組んだのですか?

「まずは、パーパスの策定に取り組みました。アウディジャパン販売には、もともとビジョンは存在していたものの、私が入社した2019年当時はそのビジョンが少し形骸化してきているという指摘が社内であり、面接の場でもその課題を聞いていました。そこで、私から提案したのがパーパスの策定でした。ボトムアップでキーワードを出したかったので、20~30人規模の社内ワークショップを企画・実施し、『私たちが本当に大切にしたいことは何か』『お客さまにどのような価値や体験を届けたいのか』といった問いを投げかけながら、対話を重ねました。そこで出てきた言葉をもとに経営陣とも議論し、最終的に『感動のカーライフを創造し、人を笑顔で満たし続ける』というパーパスにたどり着きました。入社して最初の取り組みだったので、私自身、このパーパスには並々ならぬ思いがこもっています。さらに、2020年には親会社の変更に伴い、3ブランドがグループ傘下に入り、日本での統括機能としてPAIG Japanが設立されました。私は2023年からこのPAIG Japanに所属し、HRダイレクターとして、ブランドを横断した人材育成にも取り組んでいます」
ブランド横断の人材育成施策について具体的に教えてください。

「大きな施策の1つが、親会社が開発し、20年以上にわたって運用してきたリーダーシップトレーニングを日本で導入したことです。各ブランドのシニアマネージャーや店舗責任者を対象に、オーストリアから講師を招いて、延べ15日間かけて複数のプログラムを実施しています。『BLD(ベーシック・リード・ディベロップメント)』と呼ばれるこのトレーニングは、椅子を円形に並べて対話を重ね、身体を動かすワークを通じてリーダーシップを体得していく体験型のプログラムです。いわゆる座学スタイルではないためかなりのエネルギーを使いますが、参加者の満足度も高く、行動変容にもつながっていると感じています。また、この取り組みを通じて『BLDを受講した同期』という共通項が生まれ、ブランドを越えたメンバー同士のつながりや交流も活発化しました。すでに2期目のトレーニングを展開しており、今後も引き続き所属やブランドの垣根を越えた人材育成に力を入れていきたいと考えています」
すべての土台は結局のところ「人とのコミュニケーション」に尽きる
これまでの施策の軸となる、PAIG Japanの人事戦略も教えてください。

「人事戦略の柱は『ピープルファースト』と『ワンチーム』です。人材育成にしっかりこだわること、そして組織の一体感を高めていくこと。この2つの軸は、当初から一貫して掲げており、現在もぶれません。私たちはリテール(小売)のビジネスをしており、製品を自ら開発する立場ではありません。だからこそ、自分たちが扱う製品を通じ、お客さまにどれだけ感動を届けられるかというと、やはり“人”の力にかかっているのではないかと思います。この考えは、全グループの700名が一同に集まったイベントでも、改めて全社員に向けて共有しました」
そうした中で、現在感じている組織課題はありますか?

「大きく2つあります。1つ目は、現場のコミュニケーションや連携です。管理職レイヤー同士の結びつきは強くなってきましたが、セールスコンサルタントや整備士など、店舗で働くスタッフ同士の交流は、まだまだ十分とは言えません。ワンチームとして知見を共有できる組織を目指し、今後、しっかり取り組んでいきたいテーマです。2つ目は、人材の採用と定着です。これは多くの企業に共通する課題かもしれませんが、やはり現場で人手が足りないと、日々の業務に追われ、育成の取り組みや戦略も“きれいごと”に聞こえてしまうことがあります。働きやすさをどう実現していくかを含め、現場の実情に寄り添いながら、横のつながりをさらに強化していく必要があると感じています」
それぞれの課題に対し、どのような取り組みをしていますか?

「人材の定着に向けた取り組みとしては、社員一人ひとりの状態を多面的に把握する仕組みを整えています。まずは『カオナビ』の『パルスサーベイ』を活用し、毎月簡易アンケートを実施。回答をもとに、人事チームで状況を確認しながら必要なフォローを検討しています。さらに、半年に1度は『あなたは自社を友人や知人に勧めたいと思いますか?』というシンプルな設問のeNPS(Employee Net Promoter Score)を用いて、職場の推奨度を測定。グループ全体で実施する年1回の従業員満足度調査と合わせて、定点観測を続けています。特別な取り組みというわけではありませんが、こうした積み重ねが大切だと考えています」
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「さらにカオナビは、現場同士のつながりづくりにも活用しています。最近では、社員の情報が確認できる『プロファイルブック』を、社員の名前・所属・役職など一部の情報に限定して開放しました。『どの店舗でどんな人が働いているのか』が可視化されることで、店舗を越えた関係構築のきっかけになればと思っています。また、現場のマネージャーとメンバーによる1on1の記録もシステム上で管理できるように整備し、継続的なコミュニケーションの促進にもつなげています」
ありがとうございます!最後に、今後の展望を教えてください。

「引き続き、『ピープルファースト』と『ワンチーム』を掲げて、人事施策を実行していきます。この2つの柱は、言い換えれば、“最高の人材”と“最高のチーム”を、どう育てていくかということ。では、“最高”とはどのように定義できるのか。それは、個人にとってウェルビーイングが実現されている状態だと捉えています。店舗や役割、社員一人ひとりの意志や希望に応じ、柔軟かつ最適な支援やマネジメントを施していくことが、人事の役割だと思っています」
最高の人材で最高のチーム。シンプルでわかりやすく、実現したいことがとても良く伝わってきます。

「やはり、伝わりやすい表現が一番だと思います。というのも、パルスサーベイなどの調査にしても、人材データベースの可視化にしても、仕組みを整えればそれで終わりというものではありません。結局のところ、何よりも大切なのは、コミュニケーションの量と質だと感じています。どれだけ戦略的に理にかなったことを進めようとしても、それが店長からマネージャー、マネージャーからメンバーへ、意義や目的、私たちが目指す姿がきちんと伝わっていなければ意味がない。すべての土台にあるのは、やっぱりコミュニケーションだと、日々実感しています」
編集後記
「人の可能性をいかに広げるか」──日本航空での経営破綻という激動の経験を通し、組織における「人」の力と影響力を目の当たりにした福井さんが、人事の道を志して以来、一貫して大切にしてきたテーマ。そのテーマは、現職の「ピープルファースト」という戦略の柱にも反映されており、福井さんのぶれない軸を感じた取材でした。
さらに、福井さんの言葉はどれも明解でわかりやすく、深く考え抜かれたからこそ余計な装飾が削ぎ落とされ、シンプルな表現にたどり着いたのだと感じた今回。最後に出た、すべての土台にあるのは結局のところ人とのコミュニケーションに尽きるという言葉には、数多くの試行錯誤の過程が凝縮されているのだと思います。
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会社概要
社名 | PAIG Japan Automobile Investment合同会社 |
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設立 | 2018年8月 |
事業内容 | 〒158-0086 東京都世田谷区尾山台2-30-8 |
会社HP | https://paig.co.jp/ |