「聴く」で人事課題を解決する。タレントマネジメントの精度を上げる定性情報の集め方
エール株式会社 |
取締役
篠田 真貴子さん
2025.12.15
Profile
篠田 真貴子
エール株式会社
取締役
2020年3月のエール参画以前は、日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年〜2018年ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を約1年設けた。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルバニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大国際関係論修士。(株)メルカリ社外取締役。経済産業省 人的資本経営の実現に向けた検討会 委員。人と組織の関係や女性活躍に関心を寄せ続けている。
「聴く」には自分の使命を発見する力がある
まず、篠田さんご自身が「聴く」ことの重要性に気づいた原体験について、教えてください。
篠田さん「前職のほぼ日を退職し、いわゆるジョブレス期間が約1年間あったときのことなんです。それまで、何かの会社の肩書きや役割を担っていた状態から、一度その肩書きを脱いで、利害関係のない一人の人間として過ごしているとき、周りの方から『次どうするの?』といった、私の今後のキャリアについて聞かれる機会がとても増えたんですね。そのとき、誰かに自分のことを聞いて受け止めてもらうことで、自分の頭の中がいつの間にか整理されていって『次こっちに行こう』『これは違う』という意思決定が自然と、無理なく固まったというのがまず一つあります。
同時に、私が話を聞く側に回ったとき、その現象が逆にも起こったんです。相手の方が自発的に、過去の重要な意思決定の話や、今直面する大変な問題、あるいはそれまで誰にも話していなかった深い悩みや本音を、利害関係がない私だからこそ語り始めるという現象に気づいたんですね。
これは、そのときの私という肩書きのない存在に対し、『今の篠田さんだったら聞いてくれるだろう』『話してもいいだろう』と、相手が意識的あるいは無意識に感じてもらったからこそ、そういう話が、その人の中から引き出されてきたのではないかと考えるようになったんです。
それによって、『聴く』ことが持つ力に強い興味を持ったのがきっかけですね。実は、ほぼ日や、その前の外資系企業にいた頃は、私はむしろ『おしゃべり』な方で、自分の意見を言うことが大切だし、それが求められる環境にいました。ですから、このジョブレス期間の経験は、私自身の『コミュニケーション』に対する考え方を根本から変える、大きな気づきでした」

その個人的な気づきから、企業に「聴く」ことを通じた人材組織開発を提供するエール株式会社で取締役をやろうと思ったきっかけも教えてください。
篠田さん「個人的な動機としては、人がより『本当に自分が願っていること』に自覚的になり、自分を活かした形で生きていくために、『聴く』ことは強力なツールだと感じたからです。私自身、ジョブレス期間でいろいろな人に話を聞いてもらう中で『聴くをもっと探求したい』と、次にやりたいことが明確になりました。
さらに、この考えを強く裏付けたのが、メリンダ・ゲイツの著書『いま、翔び立つとき』を読んだときです。彼女が、ビル&メリンダ・ゲイツ財団として支援しているアフリカなどの女性たちの話を深く聴くことから、彼女自身が自分のミッションを発見し、夫であるビル・ゲイツにもチャレンジして認めさせていく、という、個人の変革から組織変革につながるプロセスに、強く感銘を受けました。彼女は、『聴くことによって、自分自身の存在を再認識し、使命を発見する』という力を実感していたわけです。これは、組織の最前線にいる一人ひとりの社員にも同じことが言える、と確信しました。
一方で、組織側の動機もあります。これは、今のキャリア自律が求められる時代において、組織にとって必要不可欠なスキルであるにも関わらず、体系的に学んでいる人、実践できている人が少ないという、強い課題意識がありました。
そのとき、『聴く』ことが組織に必要だと主張し、大企業への導入がすでに始まっていた『エール』の存在を知り、『これだ、私がやりたいことはここにある』と感じて、ジョインすることを決意したんです。日本企業の文脈では、全従業員の『キャリア自律』や『心理的安全性』の確保、そして組織開発を進めるうえで、『聴く』スキルは必須であると考えています」
「聴く」ことはタレントマネジメントに必要なデータを集める行為
企業が抱える人事課題に対し、「聴く」ことは具体的にどのような課題解決につながると考えていますか?
篠田さん「私たちは、まさに『キャリア自律を促す人事制度に変えた』企業様で、『聴くトレ』を管理職に導入している事例があります。
導入に至ったのは、単なる人事制度の変更では従業員は動かないという問題意識からです。上司がメンバーの話を深く『聴く』という行為は、その個人の成長に不可欠な『内省』を促します。上司に『あれをやれ』『これをやれ』と言われるのではなく、話すことを通じて部下は自らの経験を振り返り、自発的にキャリアを整理する、という手助けになるんです。このとき「聴いてもらうことで、自分の経験から学ぶサイクルが効率的に回る」という効果が生まれます。
また、部下は話すことで、上司が自分を『見てくれている』『存在を認知してくれている』という実感を持ちます。そして上司の側も、これまで知らなかった部下の視点や感情などを理解し、データ(情報)が増えることになります。例えば、管理職が週に一度の1on1で部下に『この一週間で良かったことはある?』と聞くだけで、部下の瞬間的な認知や感情の動きが、マネージャーにとっての貴重なデータになるのです」

マネージャーが「データ」を得る、という視点はおもしろいですね。これは、データを活用して育成や配置などを検討する「タレントマネジメント」にも直接的につながりそうですね。
篠田さん「その通りです。管理職が『聴く』トレーニングを通じ、部下の『動機』や『思い』といった定性的な情報を深く聴き取ることで、それをタレントマネジメントに活かすことができます。マネージャーが、自分の経験則だけでなく、メンバー一人ひとりの『内なる声』というデータにもとづいて、最適な育成プランや配置を判断できるようになる。これは、タレントマネジメントの精度を上げるうえで、極めて重要な鍵となりますよね。
特にタレントマネジメントで難しいのは、『能力』を単体では切り離せないことです。例えば『説得力』という能力一つをとっても、それは上司に対して発揮される説得力なのか、顧客に対して発揮される説得力なのかで、能力の中身は変わってきますよね。つまり、能力とは関係性や文脈の中で発揮されるもので、それをデータとして捉えなければ、真のタレントマネジメントはできないと思います。そこで、聴くことによって、この『関係性の中での能力データ』の解像度が上がり、より適切な育成や配置ができるようになると思うんです」
最も生産性の高いチームは、全員の発言量が均等
現場のマネージャーが聴くことを実践するために、具体的に何を意識すると良いでしょうか?
篠田さん「まず、動機と行動を分けて捉えることが重要です。例えば、部下が目標達成のための期日を守れなかったという行動があったとします。このとき、単にその行動を注意したり評価したりするだけでなく、その行動の裏にある動機を深く聴き取ることが大切です。部下には『その目標を達成したい気持ちはあったものの、別の問題でつまずいた、他の業務が忙しかった』など、何らかの動機があったのかもしれませんよね。
そんな動機を聞き、承認することから始めましょう。上司が部下の内面にある動機に耳を傾け、理解しようと努めることで、両者の間に深い信頼関係が構築されます。このような信頼関係が基盤にあれば、その後の建設的な対話がスムーズに進みます。今後どのように改善していけるかといったアドバイスが、部下側に抵抗なく受け入れられやすくなるんです。
これは、『聴くことによって、相手を説得するよりも、むしろ相手が自分から変わる』という効果にもつながります。上司が一方的に正論を押し付けるのではなく、聴かれることで部下自身が自分の状況を振り返り、どうすれば良いか、解決策を見つけ出すきっかけになるんです。部下は自分の意思で改善策を考え、実行に移すため、その効果は一時的なものにとどまらず、持続的な成長へとつながる可能性があります。このように、動機と行動を分けて捉え、まずは動機を尊重するというアプローチは、部下の主体性を引き出し、組織全体のパフォーマンス向上にも寄与する、非常に効果的なマネジメント手法だと言えます」

組織全体に「聴く」文化を定着させるために、具体的にどのようなアプローチが必要でしょうか?
篠田さん「そもそもの話になってしまいますが、従来のトップダウンだけではなく、『従業員の多様な意見も、組織の成長にとって欠かせない力になる』と捉え直すような新しい人間観を定着させる必要があります。この人間観を、経営層や人事部門が理解し、自ら体現することが、組織全体の文化を変える重要な鍵です。
Googleが発表した研究結果に「最も生産性の高いチームは、全員の発言量が均等である」というものがありますが、これを実現するには、管理職が『聴く』姿勢を持つことです。マネージャーが『聴く』ことによって、会議が『管理職に意見が集まる場』から、『全員が相互に意見を言う場』に変わり、結果として心理的安全性が高まります。この小さな実践が、全従業員の尊重されているという感覚を高め、人事基盤そのものを強化するのです。
そのうえでより具体的なアプローチで言うと、まず会議などの場で最初から良い・悪いといったジャッジを入れずに、多様な意見をいったん場に出し切る時間を意図的に設けることです。管理職が、部下の発言を安易に褒めたり否定したりせずに、『なるほど』『他にない?』といった、問いかけの姿勢で聴くことが大切です
そしてこの聴く文化の定着に必要なのは、繰り返しになりますが、技術論ではなく『人間観の転換』です。この新しい人間観を、経営層や人事部門が理解し、自ら体現することが、組織全体の文化を変える一番の鍵になります」
最後に、テクノロジーが進化し、AIとの協働が加速する時代において、「聴くこと」の価値はどのように変わっていくとお考えですか?
篠田さん「どんなにテクノロジーが生まれても、『聞いてほしい』『知って欲しい』という欲求は変わらないと思っています。これは、人間の根源的な欲求であり、だからこそ『聴く』ことは人同士でしか成り立たないと考えています。
むしろ、AIが進化することで、役割の分担が進むと思っています。AIは、個人の内省や思考の整理をアシストする役割を担うでしょう。例えば、AIチャットボットに自分の考えを話すことで、ある程度、情報を構造化する前段の作業をAIが行ってくれる。そして、その整理された情報をもとに、人がより感情的な部分を『聴く』ことに集中できる組み合わせになっていくのではないでしょうか。
さらには、AIが『ファシリテーター役』となり、会議などで人間関係の摩擦を中和しながら、発言量の偏りや議論のずれを客観的に指摘し、建設的な議論を促す役割も考えられます。これは、人間では忖度してしまう部分をAIが担うことで、議論の質を高めるという意味でとてもおもしろい試みですよね。
いずれにせよ、効率化や合理化が進む時代だからこそ、人間にしかできない『聴く力』は、組織の成長と個人の幸福に欠かせない、普遍的で最も重要なスキルになっていくと信じています」
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会社概要
| 社名 | エール株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 2013年6月4日 |
| 事業内容 | 社外人材によるオンライン1on1サービス「YeLL」の開発・提供 |
| 会社HP | https://www.yell4u.jp/ |

