コングロマリット企業の「分断」を打破する人材戦略とは?
東急株式会社 |
人材戦略室 室長
高橋 真樹子さん
2026.02.14
鉄道、不動産、小売、文化施設、警備、ホテルなど、多様な生活領域の事業を展開する東急グループ。その中核である東急株式会社は「コングロマリット・プレミアム」を掲げ、複数の事業の掛け合わせで相乗効果を生み出そうとしている。
事業領域や企業文化の異なる会社が集まるコングロマリット企業では、事業ごとの最適化が進む一方で、企業や部門のあいだに見えない壁が生まれやすい。人材や情報が事業の内側に閉じがちになることで、グループとしての強みを十分に発揮できなくなる場面も少なくない。さらなる成長のためには、事業の枠を越えて共通理念を浸透させ、人材交流の活性化が欠かせない。東急株式会社の連結グループにおいても、こうした構造的な課題と向き合う必要があった。
では、どのようにして企業や部門の壁を越え、人と組織をつないでいくのか。理念浸透から最新のAI活用まで、コングロマリット企業ならではの人材戦略について、東急人材戦略室室長・高橋真樹子氏と、タレントマネジメントシステムを提供するカオナビ代表取締役社長Co-CEO・佐藤寛之氏が語り合った。
※本記事は2025年6月10日(火)配信のNewsPicks Stage.「New Business Way 経営×人事を体現する、組織変革リーダーの選択」を再編集したものです。
Profile
高橋 真樹子
東急株式会社
人材戦略室 室長
1991年、 東京急行電鉄株式会社(当時) 入社。 リゾー ト事業部、 CS推進部などを経験しながら3人の子を 出産。育児と両立しつつセキュリティ事業の立ち上げ に参画、営業部長として事業を軌道に乗せる。その 後、東急株式会社 経営管理室課長、 リテール戦略部 部長、東急ストア常務執行役員を経て、 2024年より 人材戦略室室長を務める。
巨大グループの成長戦略
コングロマリット企業としての東急の特徴を教えてください。
高橋氏鉄道やバスといった交通、小売や警備、ホテル、文化施設といった生活に近い領域に加え、ケーブルテレビや通信、電力といったインフラ分野まで、BtoBからBtoCまで事業領域が非常に幅広いのが、東急グループの特徴です。
東急グループというと、大きくは東急不動産や東急建設といった上場している企業も含まれますが、今日は東急株式会社を中心とした連結子会社の“東急(株)グループ”のお話をさせていただきます。

佐藤氏私たちカオナビはクラウド人材管理システムをさまざまな企業に提供しています。
投資家視点では「コングロマリットは事業内容が全く違うのに、全体として一つのグループで存在する意義がわかりにくい」という見方もあります。
グループ内でも従業員同士の考え方や企業ごとのカルチャーが違ったり、人事制度や給与体系に統一感を持たせたりするのが難しいという課題もあります。

高橋氏私どもも事業ごとのシナジーが生まれず、非効率な経営になってしまう「コングロマリットディスカウント」に陥ることを懸念しています。
各企業が個々の業務で成果を追求しつつも、グループ内で共通の価値観を創出していかないと、企業価値が高まるようなシナジーは生まれません。そこがコングロマリット企業の経営の難しい点だと思います。
そこで私たちは2024年度からの中期3か年経営計画で「コングロマリットプレミアム」という概念を提唱し、多様な事業を連携させることで積極的に新たな価値を生み出す方向に舵を切りました。
コングロマリットの強みを活かし、新たな価値を創出して営業収益の向上や株価にも反映させていく。もちろん、投資家だけでなく、BtoC事業のお客さまにもプレミアムな価値を届けたいと考えています。
人材交流が生む新しい価値
佐藤氏「コングロマリット・プレミアム」を目指すうえで、具体的にどのような改革を進めているのでしょうか。
高橋氏まずはグループ全体への「共通理念の浸透」、次に事業間の人材循環を促す「横断的人材戦略」、最後に各事業の強みを組み合わせる「事業間シナジーの創出」です。
東急グループのスローガン「美しい時代へ」、グループ理念「美しい生活環境を創造し、調和ある社会と一人ひとりの幸せを追求する」は1997年に制定されました。それから30年近く経っていますが、理念が社員に十分浸透していない課題がありました。

「理念の浸透」と聞くと抽象的な取り組みのようにも見えますが、改革の第一歩に位置づけた背景を教えてください。
高橋氏社員へのエンゲージメント調査を行ったところ、「経営戦略が理解できない」「仕事の意義が感じにくい」との声が多数寄せられました。
当社のように多数の事業を抱えるコングロマリット企業では、各々の社員が自分の立ち位置を見失ったり、やりがいを感じられなくなってしまったりすることが起きやすい。
また、当社が手掛ける鉄道事業や不動産開発などは数年〜数十年単位の長期事業の場合、理念が共有されていないと同じ方向を向いて働くのが難しくなってしまいます。
一人ひとりの力を最大限に引き出し、グループ全体の企業価値を高めるために、まずは共通の理念を据えて働くことのベクトルを合わせる必要があるのです。
高橋氏理念の浸透のため、人材戦略室に「風土醸成チーム」を設置し、グループ横断での価値観共有やコミュニケーション促進に取り組んでいます。社員同士が交流しやすいイベントの企画や経営理念の浸透を通じて、企業・部門間の相互理解を深めています。
グループ内の他社、他部門への理解が進むことで、事業連携や人材の流動性向上も意図しています。

佐藤氏企業理念や社内風土のような目に見えないものは、数値指標だけでは捉えきれません。目に見えにくいものだからこそ論理的に捉えすぎず、経営者が、企業理念の浸透や社内文化の醸成は長期的な視点で重要なんだと理解することが企業経営にとって大切になるはずです。
高橋氏理念に共感し、一体感を持って顧客にどのような価値を提供するのかを考えることや、どんな理念のもとで仕事をしたいのかとか、このグループで働きたいのかという土台づくりは非常に大事です。
そこに加えて個人個人の納得感や満足感があって、はじめて個人の力は最大限発揮されるし、企業価値の向上にもつながっていくと思います。そこを明確にしたうえで「働きがい」「働きやすさ」「処遇」についても整備を進めています。
また、グループ全体の理念と各事業がどうつながっているのかを理解したり、他部署の事業内容を理解したりするための場も設けています。
タウンホールミーティングでは社長や事業部長が理念と事業の結びつきを語り、ランチセッションでは各プロジェクトの苦労や裏話を共有しています。
こうした取り組みによって、グループ内での人材流動性向上を促しています。実際に「この事業に挑戦したい」「あの事業部長の下で働きたい」といった声も上がってきています。

人材の新しい可能性を見つけるには
社員の能力を最大限に活かすには、どのような制度が必要になるのでしょうか。
高橋氏社内の理念浸透、事業部間の相互理解は大事ですが、それだけでなく制度的なものが必要です。社員の力を最大限引き出すためには、会社が知らない社員の可能性を見出していく仕組みが重要だと考えています。
グループ全体での横断的な人事戦略を構築するうえで、人材の適性を見抜くことが大事になるはずです。
実は私自身もグループ内の企業に出向した際に初めて営業に挑戦して、そこで意外と活躍できたという経験がありました。出向がなければ、自分が営業に向いているなんて思いもしなかったでしょう。
本人すら思ってもいなかったところに適性が眠っているということもあるのだなと、実感させられました。
佐藤氏社員から見ると、社内の他部署の仕事内容や異動した場合のチャンスが見えづらいものです。東急さんの相互理解促進は、社員に「新しいキャリアの可能性」を可視化し、社内でのキャリア形成の魅力を高める取り組みですね。
「適材適所」の実現にAIをどう使うか
高橋氏社員一人ひとりの適性や能力を見抜いて、人材を配置するのは重要であると同時に非常に難しいですよね。東急グループでは人材の可視化や社員へのヒアリングを積極的に進めてきましたが、「この社員がグループ内のどこで活きるか」という洞察力はまだまだ弱いと感じています。
昔であれば上司が部下の適性をかなり吟味して、新しいチャレンジをさせるということもあったのでしょうが、今はそこまでの余裕がありません。
テクノロジーを活用して、オープンに比較しないと納得感のある効率的な比較や人材配置は難しいと思います。

佐藤氏適切な人材配置を実現するには、人材情報の可視化が前提になります。
人材開発の領域においては、AIがリコメンドやサジェストをする形であれば、有効になると考えています。最終的な判断は本人が行うことになりますから、こうした領域は比較的トライしやすいのではないでしょうか。
人事担当者が2万人もの社員一人ひとりと対話するのは物理的に不可能ですし、かつてのようにミドルマネジメントが飲みに連れて行って悩みを聞くような時代でもありません。そこで、AIに情報の補完を任せ、感情に関わる部分や最終的な決断は人間が担うという役割分担が理想的だと考えています。
例えば、東急グループのようにキャリアデータが豊富に蓄積されていけば、将来的にはAIが「営業に向いているかもしれませんよ」といった提案をすることも可能になっていくかもしれません。

高橋氏AIによるサジェストは、幅広い事業展開、多様な人材がいる当社グループにとっては、非常に便利なツールになるかもしれません。
当社のように事業領域が広い企業にとっては、適材適所のスピードアップこそが課題です。AIで可能性を可視化し、人が背中を押すという循環が上手く回れば、経営にとっても大きなプラスになると考えています。
グループ内の人材が、どんな能力を持っているのか、どんな希望や熱意を持っているのか、どんな適性があるのかを引き出すことで、「コングロマリット・プレミアム」を実現する原動力につなげていきたいですね。

「見えない機会」を可視化する
佐藤氏タレントマネジメントシステムは、情報を可視化・共有するツールです。社内の「オポチュニティ(機会)」を可視化することで、新たな可能性が見えてきます。
他社の情報は転職サイトで可視化されていますが、自社の機会は意外と見えづらいものです。
高橋氏まさにその通りです。当社では人材の可視化や社員へのヒアリングを進めていますが、最も重要な課題は、従業員一人ひとりのスキル、経験、そして「気持ち」や「熱量」といった思いを可視化することです。
企業側も「どういう人材を求めているか」「どういう役割が必要か」を明確に可視化する必要があります。でも見えないじゃないですか。高橋が実は他の事業をやりたいとかっていうのは全然見えないので、そういうことが本当に見えるようにしていくことが大事だと思います。
佐藤氏コングロマリット経営においては、事業会社ごとに人事制度や給与制度といった事情があります。そうした制度から切り離して、人の才能・個性の部分だけを可視化できるのが、タレントマネジメントシステムおよびクラウドシステムのメリットです。このメリットを大いに活用していただければと思います。
テクノロジーが変える組織の可能性
高橋氏当社では多角的な経験を持つ人材を育成しています。私自身もグループ内で複数の事業会社を経験してきましたが、これを「リスクのないグループ内転職」だと捉えています。
東急セキュリティの立ち上げから東急ストアまで、異なる業種を経験しましたが、根底の理念が一緒なので培ったスキルを活かせました。
佐藤氏社外の情報がオープンになっている現代において、自社の情報もオープンにすることで、従業員が自身のキャリアパスを選択しやすくする必要がありますね。
高橋氏本当にそうです。グループ内での人材流動化をさらに促進したいのですが、東急から子会社への出向は多い一方で、子会社の従業員のスキルや経験が見えていないため、逆方向の異動は少ないのが現状です。
人事領域、特にタレント開発においてAIを活用することの必要性を感じています。AIによるスキル分析やマッチング、キャリアのリコメンドは、従業員自身も気づいていない能力を発見する手助けとなる可能性があります。
佐藤氏人事が何人もいれば一人ずつ飲みに行って話を聞くこともできますが、そうもいかない。だからAIが情報を補完し、人間は感情的な側面や最終的な決断に集中できるようになると良いですね。
AIは使い込むほど精度が上がるので、人事領域でのAI活用については早めに試したほうがよいでしょう。最終的に、東急さんの取り組みは「国が動く可能性」を感じさせるほどの影響力を持つのではないでしょうか。
組織が大きいゆえの課題を乗り越え、従業員一人ひとりの才能や個性が開花すれば、日本社会全体に大きな良いインパクトを与えることができると思います。
気になる企業の人事と気軽に情報交換できます!
会社概要
| 社名 | 東急株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 1922年9月2日 |
| 事業内容 | 不動産賃貸業、不動産販売業、その他事業 |
| 会社HP | https://www.tokyu.co.jp/company/about/outline/ |

