自社らしさを表現して人材戦略へとつなげる人的資本の情報開示とは|ヨコガオアンサー

人事担当者であれば気になるテーマに対し、多様な回答を伝える特集が、この「ヨコガオアンサー」。今回は、「人的資本の情報開示」について。自社独自の開示項目を設定し、単なる情報開示にとどまらず、自社の人材戦略をアップデートしたり、施策の検討に活かしたりしている企業も増えているようです。そんな人的資本の情報開示について、汐留社会保険労務士法人の新井 将司さん、スミセイ情報システムの油谷 雅之さん、カオナビの杣野 祐子さんに話を聞きました。

※この記事は、人事に役立つ記事やニュースを提供するWebマガジン「HRzine」との合同企画「現役人事に聞く!」の内容を、転載したものです。

Q1 貴社の人的資本の開示項目を教えてください。

新井さん

弊社では、大きく3つの項目を開示しました。1つ目は、組織状況です。組織状態の中でも、仕事の不満足に関わる「衛生要因」と、仕事の満足に関わる「動機付け要因」を可視化しました。衛生要因では、女性管理職比率や休暇取得率(有給休暇、育児休業)、平均残業時間などを、動機付け要因では、教育投資や研修時間、健康診断受診率などを可視化しました。その結果、女性管理職の割合が減少しているといった課題が明らかになったため、女性管理職を増やす施策を積極的に行おうと考えています。

新井さん

2つ目はスキルです。弊社ではスキルを、「知識」「技術」「応用力」「特性」(KSAO)と定義しています。この4つのスキルを、最低限持つべき能力を示す基礎能力とプラスアビリティの2つに分けてポイント化し、可視化しました。さらに、勤続年数別の基礎能力の分布や、基礎能力とプラスアビリティの相関関係も明らかにしました。

新井さん

そして3つ目は、企業理念の浸透度です。いままさに可視化をチャレンジしている項目で、弊社が大切にしている、「知識の共有・還元」「新しいチャレンジ」「社内貢献」の3つの観点の数値化を進めています。たとえば、知識の共有度合いを知るために「案件のサポート社数」を、新しいチャレンジを把握するために「基礎能力値と新規営業件数の相関」を可視化しました。また、社内貢献度を測るために、弊社独自の役割分担制度における役割の分担数と、職位・資格をポイント化した数値を比較しました。

油谷さん

弊社ではまず、女性活躍推進法に基づく指標として「女性管理職比率」「男性育児休業取得率」「男女間賃金差異」を可視化しました。
そのうえで、健康経営に関する指標として「健康診断受診率」「ストレスチェック受検者率」「メンタル疾患者休業者占率」「ワークエンゲージメント偏差値」なども開示しています。

杣野さん

弊社では、バリューをもとにこれまでの人事施策を整理し、人事データを分析した結果、弊社のパーパス実現や経営目標達成のためには、求める人材「ユニーク・パフォーマー」の育成・獲得と、生産性の向上が重要であるという結論になりました。
そこで、最重要指標に「ユニーク・パフォーマー」の育成進捗を測るためのサーベイ結果と生産性の指標である人的資本ROI(営業利益額÷人的資本投資額)を設定し、開示しています。
さらに、多様性、成長支援、働き方、その結果としての登用・報酬を人材戦略の柱とし、それぞれの指標として、女性管理職比率、研修実施回数、リモートワーク比率、最年少管理職年齢などの項目を選定し、開示しました。
人的資本開示自体の独自性も大切にしており、カオナビの人的資本経営に関する情報をまとめたWebサイト「kaonavi universe」を公開しています。


「人の個性は無限の可能性」を表現したユニークなデザイン

Q2 自社独自の項目を開示した背景を教えてください。

新井さん

人的資本の開示項目は、多くの基準やガイドラインが発表されています。しかし、社員35名と小規模の弊社では、そうしたガイドラインで決められている全ての項目を可視化するためのリソースがないのが実情です。
そのため、自社に必要なことから優先して取り組むことにしました。他社と比較せず、自分たちのできる範囲でいまある情報を使ってスモールスタートで進めていこうと決めたのです。
まずはタレントマネジメントシステムを活用し、人的資本情報の一元管理と整理を進め、その後で情報の可視化を行いました。「組織状況」を開示した理由は、社員の満足度を高めるうえで重要だと考えたからです。また、「スキル」は、企業の人事や労務を支援するスペシャリストとして高いスキルが必要だとの想いから、「理念の浸透度」は組織をまとめていくうえで欠かせないとの考えから開示しました。

油谷さん

弊社では、「女性が活躍できる会社」の実現を掲げています。理想だけでなく、数字として実績を示すためにも女性活躍推進法にもとづく指標の開示は必須でした
もともと、弊社は2016年5月20日に厚生労働省より、当時「えるぼし」の最上位(3段階目)にあたる認定を受けました。えるぼし認定とは、女性の活躍促進に関する状況が優良な企業について、厚生労働大臣が認定する国の制度です。「女性社員のキャリア開発」「働きやすい環境づくり」「管理者の意識改革」の3本柱を軸に取り組みを行っており、当初8.3%(2016年3月時点)であった女性管理職比率は2023年9月に15.4%となりました
また、健康経営にも積極的に取り組んでおり、1人ひとりが主体的に健康維持・増進に取り組める「いきいきと働き続けられる会社」を目指しています。その根拠として、健康課題に対する目標値や取り組み状況、成果などを社内外に開示することが必要でした。それゆえ、「健康診断受診率」「ストレスチェック受検者率」などの健康経営に関する指標も優先的に開示したのです。

杣野さん

開示する指標は、自社の人事施策をよく表す必要があります。そこで、指標自体が弊社独自のもの、指標は一般的だが結果が独自なものを含めることにしました
たとえば、多様なバックグラウンドを持った人材が入社する弊社では、入社して3ヵ月間を今後の活躍のための重要な時期と捉え、業界や自社のことを知る施策を多く設けています。これらが機能し、人材を戦力化できているかを測る指標として、「オンボーディングプログラム満足度」を開示しました。抜擢や成長を図る指標として、最年少管理職年齢や年間昇給率10%以上の社員比率も弊社独自の指標です。
また、自律的なキャリアは、社内だけではなく社外で兼業という形でも実現できると考えているのも弊社の特徴です。そこで、20%を超える高い兼業率を開示することで、社員が自律的なキャリアを築けていることを表現しています。

Q3 情報開示後の取り組みを教えてください。

新井さん

「開示=ゴール」ではなく、可視化した情報を人材戦略や経営戦略にどう活かしていくのかが大切です。個人に対する使命やキャリアといった自己認識の強化と、会社全体に対する理念やミッション、パーパスといった文化・環境の醸成を行い、両者を接続させることで企業価値の向上につながると考えています。
そのためにも、まずはこれまでどおり、社内にあるリソースを活用して人的資本経営を進めます。新しい取り組みを始めたい気持ちがないわけではないのですが、新しいことを始めると、どうしても導入準備や環境整備に時間がかかってしまいます。いまはそれをするべきフェーズではないと考えているため、すでにあるものを利用して人的資本の情報開示を行いながら、人と組織の価値を高めていこうと思います。
また、人的資本の可視化を進めてきたことで、自分たちが理想とする組織状態とのギャップも浮き彫りになりました。そのギャップを解消するための施策を実施する予定です。その結果を再び検証し、さらに理想に近づけるように新たな施策を打つというサイクルを回していければと考えています。

油谷さん

人的資本に関連する施策として、育児・介護との両立支援のために勤務制度の拡充を実施しました。その一環として、時差出勤や、男性育休取得時の有給休暇期間の拡大、看護・介護休暇の時間単位取得などを導入しました。働き方の選択肢を設けることで、「いきいきと働き続けられる会社」を目指したいと考えています。
また、今後は、開示すべきデータの精査や分析を行いながら、経営戦略を支えるための人材戦略の策定を検討しています。
さらに、「女性一人ひとりが様々な役割で活躍する会社」を目標に、2026年3月には女性管理職比率を20%以上に高めることを目指しており、キャリア開発や業務特性に応じた職務付与・育成なども推進していく予定です。

杣野さん

人的資本の情報開示プロジェクトは、自社の人材戦略を整理し、重要な課題を見つける機会になったと感じます。
今後は、指標の変動を分析して人事施策の改善に役立てるとともに、さまざまな方からのフィードバックを得て開示内容を向上させていきたいと考えています。たとえば、フィードバックの中には、なぜ指標に目標値が設定されていないのかという質問がありました。目標は本質的ではない面もあり、あえて設定していない指標があります。これらの考えを、開示情報を見る方にていねいに説明する必要を感じています。
ぜひ、多くの方に「kaonavi universe」を見ていただき、人的資本開示の先進例であり続けたいと思います。

おわりに

人的資本の情報開示を求める動きが世界的に高まる現在。日本でも、上場企業などを対象に、2023年3月期の有価証券報告書から人的資本に関する情報を記載することが義務化されました。そうした状況の中で、今回紹介した3社では、上場・非上場にかかわらず、単に人的資本の情報開示を行っただけでなく、人材戦略や人事施策を見直すきっかけにしていることが分かります。
次回の「現役人事に聞く!」は「離職防止」がテーマです。お楽しみに!

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